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彫刻家・佐藤忠良のもうひとつの顔
日本を代表する彫刻家・佐藤忠良先生は、彫刻だけでなく本の挿絵や絵本も手掛けており、最も広く知られているものに『おおきなかぶ』があります。この作品は、月刊絵本『こどものとも』の第74号として紹介され、その後、傑作集シリーズでハードカバー化された超ロングセラーです。保育所や幼稚園での読み聞かせの定番でもあり、子どもたちの劇遊びの主題にも、たびたび選ばれています。
『おおきなかぶ』は、アレクセイ・コンスタノヴィッチ・トルストイ(1817生〜1875没)の再話※によって知られるロシアの代表的な民話です。A・トルストイは、ドイツのグリム兄弟のように、民間伝承の物語を採集、編纂したロシアの文学者で、日本にも彼がまとめた民話が数多く紹介されています。
※再話…昔話、伝説、世界の名作文学などを子ども向けに分かりやすく書き直したもの
多くの人々に親しまれている絵本『おおきなかぶ』
■新制作協会時代の出会い
彫刻家の佐藤先生が挿絵を手掛けることになったきっかけは、『こどものとも』創刊当初の編集長であった松居直氏(現・福音館書店相談役)が展覧会を鑑て歩くなかで、新制作協会の作家たちの表現に共鳴するものを感じたことにありました。
なかでも松居氏は、佐藤先生の彫刻作品に強く惹かれる一方で、その表現に骨格の確かなデッサン力を直覚しました。そして、佐藤先生が若いころ画家志望であったことを知り、『こどものとも』第42号「やまなしもぎ」(cat.no.1/1959年9月)と『こどものとも』第61号「いちごつみ」(cat.no.2/1961年4月)の挿絵を依頼しました。
その後、第74号を編集するに当たって「おおきなかぶ」は佐藤先生以外には考えられなかったと、松居氏は語っています。敗戦後、数年間にわたりシベリアに抑留されていた佐藤先生は、厳しい労働の間、紙も鉛筆もない状況のなかで、ロシア人を目だけでデッサンしていたといいます。この経験を知った松居氏は、ロシアの民衆の風俗に精通している彼こそ、この絵本を描くのに最適だと確信したのです。
《いちごつみ》絵本原画
26.9×37.9cm/紙、水彩・鉛筆/宮城県美術館所蔵
『こどものとも』61号、4-5頁
(神沢利子作 佐藤忠良絵 1961年4月 福音館書店 刊)
■子どもたちへの応援歌
1962年に発行され、210万冊(2005年7月現在)を超えるベストセラーとなった『おおきなかぶ』は、2003年、宮城県立こども病院の建設に当たって、正面玄関に設置したいという依頼を受けて、初めてレリーフとして制作されました。絵本の挿絵と比べると、かぶの葉の形やおばあさんの表情、子どもの力の入れ方、犬の引っ張り方、猫の顔の向きなど、変化している箇所がいくつもあることに気付きます。絵でもなく、また立像彫刻とも異なるレリーフは、限られた厚さの中に立体感や遠近感を表現する力量が問われます。佐藤先生は、作品に臨場感を持たせるために、絵本を描いたときと同様、紐と鏡を用意して実際に引っ張る動作を実演し、その動きと比べながら何度も作り直したそうです。
ところで、このレリーフの構図は絵本とは反対向きになっています。それは、レリーフが設置される場所の右側が病院の受付となるため、「かぶの引っ張る方向が、病院へ入ってくる人たちの視線の流れに沿うように」と佐藤先生が考えたからです。「入り口から入ってきた人々の目線が、かぶを引っ張る仲間たちの動きを追うと、人々の体も自然に右側を向き受付へと導かれる」というわけです。
『おおきなかぶ』には、皆で力を合わせて一つのことを成し遂げるという大切な意味が込められています。この病院には体を悪くした子どもたちが訪れ、苦労や苦痛の日々を克服しながら大きくなっていきます。「うんとこしょ、どっこいしょ」と力を出す家族や動物たちの姿が、子どもたちの心に何かを伝えられたら……。元気を引き出すきっかけになれば……と、後に制作時を回想して佐藤先生は語っています。「子どもたちに本物を……」という佐藤先生の活動信念が体現された『おおきなかぶ』は、未来を生き続ける子どもたちの心の宝として、永遠に読み継がれていくことでしょう。