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彦根城で学んだこと

先日のブログ(9月19日)で関ヶ原の戦いについて書いたところ、戦国時代に興味がわいてきまして、国宝・彦根城へ行ってきました!

 

関ヶ原の戦いで活躍した徳川四天王の1人井伊直政が、戦後に敵将石田三成の居城だった佐和山城と近江国北東部の領地を与えられ、息子の井伊直孝によって約20年の歳月をかけて元和8年(1622)に完成しました。

 

まず、入口から天守閣に辿り着くまでに驚かされることがありました!

 

歩けど歩けどなかなか到着出来ないのです。

その上、長い階段や坂を登る中で何度も路が直角になり、「よし、あの角を曲がれば天守閣に着くのかも!」と思っても城壁に囲われた空き地に出くわすだけで、しかも自分自身が城内から丸見えという状況です。もし私が彦根城に攻め入る武将だったら、だんだんと士気や体力が奪われていた上、攻撃されてあっけなく...と思いました。

 

そうして本丸まで登ると、ついに天守とご対面!

 

華麗な天守閣

 

3階建て3重の屋根で構成された構造が優美なラインを生み出していて美しいですね。

天気にも恵まれ、金箔張りの飾り金具がキラキラと輝いていました。

 

中に入ると、敵を攻撃する小窓矢狭間(やざま)や鉄砲狭間(てっぽうざま)が壁に計75ヶ所設置されています。また、天守最上の3階には、「隠し部屋」がありました。内部を見ることは出来なかったのですが、3畳ほどのスペースがあり、緊急時にはそこからも銃で攻撃することが出来たそうです。双方ともに、屋外からはその存在が見えない工夫がされています。敵を油断させ、かつ奇襲攻撃を想定したつくりとなっていることがよく分かりますよね!

 

戦国時代終焉にもかかわらず、優美な外見でありながら強固な防御構造の城として築城された彦根城。当時の緊張した情勢 ― 敵の豊臣大阪城に対する徳川勢の最前線の城であること ― を感じることが出来ました!

 

実際に足を運ぶことで、独自の工夫がちりばめられた築城の知恵を学べた1日でした。

面白かったですよ~!