展覧会

北斎とリヴィエール -二つの三十六景と北斎漫画-
終了

2014年07月12日(土)~2014年08月31日(日)

日仏文化協力90周年を彩る          

【冨嶽×エッフェル塔】浮世絵による夢の競演

日仏二つの三十六景全図82点を一挙公開!

 

佐川美術館では、夏季企画展として「北斎とリヴィエール ―二つの三十六景と北斎漫画―」を開催。

富士山を描いた浮世絵師として、世界でもっとも有名な北斎の代表作『冨嶽三十六景』と、パリの浮世絵師と呼ばれた版画家アンリ・リヴィエールが描いた『エッフェル塔三十六景』。日本とフランスのランドマークである「富士山」と「エッフェル塔」をモチーフに描かれた、二つの『三十六景』を同時にご覧いただけるユニークな展覧会になります。

また、『冨嶽三十六景』とともにヨーロッパの印象派の画家たちに衝撃と大きな影響を与えた『北斎漫画』と、幕末から現在まで伝承された『北斎漫画』の貴重な版木も特別公開し、世界の人々を魅了してきた北斎ワールドを紹介します。

本年は『北斎漫画』が発刊されて200年、そしてリヴィエールが誕生して150年という記念すべき年に当たります。更には日本とフランス両国の文化協力が始まって90周年になります。この記念すべき年に、北斎とリヴィエール二人の浮世絵師の競演をお楽しみください。


 
「北斎とリヴィエール -二つの三十六景と北斎漫画-」  開催記念呈茶

展覧会の開催と日仏文化協力90周年を記念して、樂吉左衞門作のフランス樂茶碗による

呈茶(点て出し)を行います。

日  時:2014年 7月 12日(土) 午前10時~

定  員:先着100名(高校生未満の方はご参加いただけません)

料  金: 1,000円

会  場:樂吉左衞門館ロビー立礼席

※インフォメーションにて茶券をご購入ください。茶券と引き換えにお菓子をお出しします。

 


 
《開館時間》 午前 9 時 30 分 ~ 午後 5 時(入館は午後 4 時 30 分まで)

《休 館 日》  月曜日(祝日の場合は翌火曜日)

《入 館 料》  一般1,000円/高大生600円 /中学生以下は無料 ※ただし保護者の同伴が必要
       団体(20名様以上)は200円引き、専門学校・専修学校は大学に準じる。
       障害者手帳をお持ちの方(手帳をご提示ください)、付添者(1 名のみ)無料

 

◆展覧会前売券情報◆

発売期間:7月1日(火)~7月31日(木)  一般800円 / 高大生400円
全国の「セブンイレブン」「ローソン」店内のマルチコピー機で購入いただけます。
操作後、店内レジにてお支払いください。
●セブンイレブン (セブンコード:027-975)
●ローソン (Lコード:57834)  
タイトル:「北斎とリヴィエール 二つの三十六景と北斎漫画」
・展覧会前売券で、平山郁夫館・佐藤忠良館・樂吉左衞門館もご覧いただけます。
・展覧会前売券は、会期中のみ有効です。
・変更、払い戻し等は出来ませんのでご注意ください。

 


 

第一章『冨嶽三十六景』

浮世絵風景画の金字塔ここに集結!

 

◎葛飾北斎と『冨嶽三十六景』

江戸時代後期の日本を代表する浮世絵師 葛飾北斎(1760-1849)は、70年にわたる長い創作活動において、常に奇抜な発想や斬新なアイデアで多くの名品を生み出し、その生涯で3万点以上の作品を描いたといわれています。その中で天保年間(1830-32)に描いた『冨嶽三十六景』は、浮世絵風景画の金字塔を打ち立てます。喜多川歌麿(1753-1806)や東洲斎写楽(??-??)に代表される美人画や役者絵といった人物画(今で言うブロマイド)が主流であったこの時代、風景画という新たなジャンルを確立させた北斎の浮世絵は、江戸の庶民に喝采を浴びます。


 

この『冨嶽三十六景』のシリーズは、当初はその名の通り大判錦絵36枚で終了する予定でしたが、あまりの人気ぶりで、「裏富士」と呼ばれる10枚が追加制作され、全部で46枚の制作をもって《冨嶽三十六景》となります。

様々な場所から富士山を遠望するとともに、庶民の暮らしぶりなど、当時の風俗を織り交ぜながら描くスタイルは、とてもユニークなものでした。また、《神奈川沖浪裏》に見るダイナミックな波と静かにたたずむ富士山の対比や、《尾州不二見原》に見る巨大な桶の中に富士山を描き込んだ作品は、桶の円形、田んぼの升目の四角形、富士山の三角形といった異なる図形の組み合わせによる構図法が用いられ、いずれの作品からも北斎のたぐい稀なる才能が窺い知れます。

 

 

『冨嶽三十六景』のみどころ紹介

  

 

 本図は『冨嶽三十六景』中、赤富士として有名な「凱風快晴」と見間違うような構図の作品となりますが、そこに描かれている内容はまるで違います。「凱風快晴」がその名の通り、晴れ渡った空に白雲が棚引き、「凱風」(南風)が気持ちよく吹く様が描かれているのに対し、「山下白雨」は富士山頂部分が晴れているものの、中腹より下は黒い雲に覆われ、稲光がダイナミックに描かれています。画面上半分にみる赤く染まった富士山と入道雲、画面下半分にみる黒雲の中に轟く赤い稲妻の対比がとても面白く、一つの画面の中に二つの自然現象を描き出した傑作です。

 

 

 

本図に描かれている田子の浦は、静岡県富士市一帯の海岸で、奈良時代の歌人・山部赤人が歌った「田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける」(万葉集)で知られるように、古来より歌枕(和歌の題材となった名所旧跡)の場所として有名な地です。

画面上部には雄大にたたずむ富士山とどこまでも伸びる稜線が描かれ、画面下部には緩やかに孤を画く漁船と地元名産のしらす漁なのか、船の上で網を引き上げる漁夫の姿が描かれています。そして、画面中程では塩を生産する「塩焼き」の様子が描かれており、三つの場面による構図とともに、富士の稜線と漁船のラインが呼応し合い画面全体のバランスを取っている秀逸な作品です。

 

 

豆知識 Hokusai Bagatelles①
北斎って気分屋さん?

葛飾北斎は一般的に「北斎」と呼ばれていますが、実は色々な名前(画号)を持っているのをご存知でしょうか。北斎の幼名は「時太郎」と言い、19歳の時に絵師・勝川春章に弟子入りをして「勝川春朗」と号します。寛政6年(1794)頃に勝川派から破門された後は、「宗理」の名前が見られ、その「宗理」の名も弟子に譲ったあとは「北斎辰政」と名乗り、文化2年(1805)頃には一般的に知られた「葛飾北斎」を名乗ります。文化3年(1820)には「為一」と号し、この時に『冨嶽三十六景』を描きます。その後もしばしば名前を変え、最終的には「画狂老人卍」と号します。生涯にわたり30回も改号したと言われる北斎ですが、この事実だけでもとてもユニークなのですが、この数字以上に引っ越しをした回数も多く、全部で93回もの転居を繰り返したと言います。現代人には想像もつかないほどの奇行ぶりを見せる北斎、その性格はとても気分屋さんだったのでしょうか。

 

 

 

第二章『エッフェル塔三十六景』

フランス流浮世絵の秀作36点が勢揃い!

 

◎アンリ・リヴィエールと『エッフェル塔三十六景』

1867年にパリで開かれた国際博覧会(パリ万博)に日本が初めて参加すると、日本の美術(浮世絵や伝統工芸)がヨーロッパの芸術家たちの目にとまり注目を集めるようになります。この時紹介された日本美術によって、ありとあらゆる分野にその影響力を示した"ジャポニスム(日本趣味)"とよばれる一大ムーブメントが起こります。

19世紀中頃より起こったジャポニスムは、単なる一過性の流行に終わらず、20世紀初頭まで強い影響力を持ち続けます。特に浮世絵の影響力は絶大で、ドガ、モネ、ゴッホといった印象派の巨匠や、ロートレックといったポスト印象派の画家たちは、西洋画に無い浮世絵特有の平面構成や、鮮やかな色彩感覚に鮮烈なインスピレーションを受け、独自の表現方法に取り入れます。

その中の一人、画家であり版画家のアンリ・リヴィエール(1864-1951)は、北斎や広重の浮世絵の影響を強く受けた作品を描き、パリの浮世絵師と呼ばれます。

パリの街をこよなく愛したリヴィエールは、フランス革命百周年を記念して着工したエッフェル塔に魅せられて、『エッフェル塔三十六景』を描きます。タイトルが示す通り、北斎の『冨嶽三十六景』に触発されて制作したこの作品は、エッフェル塔を中心としてパリの街並や自然の景色、労働者や庶民の生活を浮世絵の手法で描き出しています。作品全体からは、浮世絵の色彩や構図、題材、表現方法を学んだ跡が窺え、北斎だけでなく広重などの影響も見て取ることができます。

 

 

この『エッフェル塔三十六景』は、『冨嶽三十六景』同様にさまざまな場所から描かれており、エッフェル塔を遠望する構図から、セーヌ川を行き交う川船をモチーフに、塔の裾部のみを描いた作品をはじめ、建設作業中の風景など、その内容や構成は北斎の『冨嶽三十六景』に引けを取りません。

また、リヴィエールは実際に建設中のエッフェル塔に登り、作業風景や塔から見える景色を写真におさめ、その写真をもとに制作した作品もあります。

浮世絵がリヴィエールに与えた影響は、色彩や構図といった表現方法だけでなく、日本式の分業制(絵師、彫師、摺師)にも興味を持ち、制作の全過程に自ら立ち会い、細かな指示を出したとも言われています。

 

 

『エッフェル塔三十六景』のみどころ紹介

  

 

 

 

本作は『エッフェル塔三十六景』で唯一夜のエッフェル塔を描いた作品で、タイトルにある7月14日は、フランス共和国が成立した建国記念日(フランス革命記念日)となります。画面上半分にはライトアップされたエッフェル塔とその最上部より放射状に広がる光線、画面下半分にはセーヌ川に浮かぶ船に灯された提燈(lampion)が巧みにバランスをとった構図となり、エッフェル塔シリーズ中における傑作の一つと言えます。


 

 

 

 

 

この作品は、リヴィエールが実際に登った際に撮った写真をもとに制作したもので、逆光に浮かび上がる塔の鉄骨とペンキ塗りのシルエットが描き出されています。

構図はエッフェル塔の中から柱を見た景色で、網の目のように行き交いダイナミックに迫ってくる鉄骨と、細く垂れ下がるペンキ塗りの命綱が対照的な作品です。

もともとリヴィエールは、パリのモンマルトルにあった「シャ・ノワール」というカフェで、影絵芝居を11年間にわたり手がけた実績があり、本図からもその時培われた影絵の効果が見て取れます。

 

 

 

豆知識 Rivière Bagatelles②

『エッフェル塔三十六景』と『北斎漫画』の意外な関係

今回の展覧会「北斎とリヴィエール」の主なみどころは、北斎の『富嶽三十六景』とリヴィエールの『エッフェル塔三十六景』の対比的な展示ですが、この二つの作品の関連性は冒頭でも触れたように、北斎の影響を受けたリヴィエールがエッフェル塔をモチーフに『三十六景』を描くところにあります。しかし、リヴィエールが北斎から影響を受けたのは『冨嶽三十六景』だけではありません。実は、本展のもう一つの目玉『北斎漫画』からも影響を受けていたという説があるのです。

それは『エッフェル塔三十六景』全図に見られる色の使い方です。『冨嶽三十六景』が藍や赤、緑といった鮮やかな色使いであるのに対し、『エッフェル塔三十六景』が黒、グレー、赤黄系のベージュとやや地味な色使いであることが分かります。そこで改めて『北斎漫画』と比べてみると、「おっ!」といった感じになりませんか?色使いがとてもよく似ていることに気が付くはずです。リヴィエールが『冨嶽三十六景』のような鮮やかな彩色方法を取らなかったのは、彼が思い描くパリの色(空気感)が、『北斎漫画』の色使いに似ていたからではないでしょうか。

 

 

 

第三章『北斎漫画』

200年にわたり受け継がれた版木と伝統の技

 

◎『北斎漫画』と伝承版木

 

『北斎漫画』は、北斎が文化9年(1812)、名古屋の門人牧墨僊宅に逗留中に描いた下絵をまとめ、文化11年(1814)に発刊した絵手本集で、北斎没後の明治11年(1878)までに全十五編が刊行されます。全十五冊からなる『北斎漫画』は、全冊で合計434丁(ページ数に直すと868ページ)に達する膨大な丁数で構成され、版木の枚数は706枚にも及んでいます。『北斎漫画』は、人物、植物、妖怪、名所風景等、約3900図が収録される一大絵手本集として、門人や弟子をはじめ、さまざまな絵師が手本としていたことは当然のこととして、一方で百科図典的に賞玩用として、さまざまな人に鑑賞されていました。そのことを物語る事例として、現存する『北斎漫画』に押された所蔵印に、大名から学者など身分の上下を問わず、広く愛好者がいたことが窺い知れます。また、初版が摺られて以降、印刷方法は異なりますが、現在に至るまで書籍化され出版され続けていることも『北斎漫画』の人気振りを物語っていると言えます。

 

本展にて展示公開する『北斎漫画』は、明治24年(1891)に京都で創業した美術書出版株式会社芸艸堂が創業120周年事業として取り組んだ伝承版木(当時実際に使用されていた版木)による手摺版です。現代の職人たちの手技によって再現された北斎芸術を凝縮した絵手本シリーズ『北斎漫画』と、江戸時代より伝承されてきた版木により北斎芸術の神髄を紹介します。

 

 

 

豆知識 Hokusai Bagatelles③

『北斎漫画』はアニメの元祖?

 

『北斎漫画』の「漫画」とは、今で言う「マンガ(アニメ)」という意味とは違い、北斎が気の向くままに取り留めもなく図を収めたと解釈され、ヨーロッパでは「北斎スケッチ」と紹介されています。それでも全冊の中には、マンガ的な笑いを誘うものが数多く含まれ ています。例えば「縦・横」と題された図は、面壁の達磨が顔を縦に長く押し、また横に長く引いている場面で、明らかに上下2コマからなる作品となっていて、コマ漫画の要素が見られます。その他、仙台発祥の「すずめ踊り」が描かれた図は、踊りのポーズが一つ一つ描かれており、これをつなげていくとぱらぱらマンガのようにも見え、現在のアニメーションの元祖と言えるような作品もあります。『北斎漫画』は絵手本集であるとともに、日本が世界に誇るサブカルチャー「マンガ(アニメ)」の原点であるのかもしれません。

 

 

 

主  催:公益財団法人佐川美術館
特別協力:美術書出版株式会社芸艸堂、光ミュージアム、朝比奈文庫
企画協力:アートシステム
後  援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、滋賀県、滋賀県教育委員会、
     守山市、守山市教育委員会、NHK大津放送局、BBCびわ湖放送、FM OSAKA
協  力:SGホールディングス株式会社、佐川急便株式会社、佐川印刷株式会社