平山郁夫

平山郁夫プロフィール

平山郁夫

昭和5年6月15日、広島県瀬戸田町生まれ。日本画家。 昭和27年に東京美術学校(現東京藝術大学)を卒業後、前田青邨に師事し、主に院展を舞台に活動。 昭和20年の夏、広島での被爆体験がきっかけとなり、「平和を祈る心」を仏教伝来の道シルクロードに重ね合わせ、昭和43年以来「シルクロードシリーズ」を描き続ける。
また、作品制作活動のほか、世界文化財赤十字構想を提唱し、人類の文化遺産としての文物保護活動への協力を事業目的の一つに挙げて活動。 「敦煌研究センター」の建設などに協力、敦煌の石窟群の保護などの活動を通して10年間で計50人を中国から招き、修復技術を伝授。 日本と中国の文化交流を深めるなど、国内外から高い評価を得ています。 また、日本美術院理事長を務めるかたわら、日本人初のユネスコ親善大使やアフガニスタンの支援活動など多方面で活躍。
2009年12月2日、79歳で永眠。

1930年(昭和5) 広島県豊田郡瀬戸田町北町(生口島)の旧家に生まれる。
1945年( 〃 20)15歳 修道中学三年生の時、学徒勤労動員先の広島陸軍兵器補給廠で作業中、原子爆弾投下の瞬間を目のあたりにし、危うく死を免れる。
1952年( 〃 27)22歳 東京美術学校日本画科を卒業。卒業制作《三人姉妹》は同校買上げとなる。
東京藝術大学美術学部日本画科副手となる。主任教授は前田青邨で、以後師事する。
1953年( 〃 28)23歳 第38回院展に《家路》が初入選する。
1956年( 〃 30)25歳 前田青邨夫妻の媒酌により、東京美術学校の同期生松山美知子と結婚する。
1959年( 〃 34)29歳 第44回院展に《仏教伝来》が入選。以来仏伝とシルクロードにテーマを求めたシリーズの制作が続けられる。
板橋区成増町に画室を新築し、転居する。この頃、白血球が減少する症状があらわれ、苦しむ。
1970年( 〃 45)40歳 日本美術院評議員となる。
1973年( 〃 48)43歳 東京藝術大学教授となる。
文化庁から高松古墳壁画の現状模写を委嘱され、責任者として翌年3月まで従事する。
1976年( 〃 51)46歳 「平山郁夫 THE SILK ROAD展」を開催する。(国際交流基金主催、朝日新聞社後援/テヘラン他)シルクロードを主題にした作品を出品。
1981年( 〃 56)51歳 日本美術院理事に選任される。
1982年( 〃 57)52歳 第1回美術文化振興協会賞を受賞。
1988年( 〃 63)58歳 文化財保護振興財団が発足し、理事となる。
ユネスコ親善大使に任命される。
1989年(平成元)59歳 東京藝術大学第6代学長に就任。
1991年( 〃 3)61歳 文化交流・文化財保護への貢献に対して、フランス政府よりコマンドール勲章を授与される。
1992年( 〃 4)62歳 日本中国友好協会第4代会長に選出される。
1993年( 〃 5)63歳 芸術研究振興財団理事長となる。
「アンコール遺跡救済展―平山郁夫のメッセージ」を開催。(芸術研究振興財団、アンコール遺跡救済展実行委員会主催/日本橋 島屋、国内16都市、外国3都市を巡回) 文化功労者として顕彰される。東京藝術大学学長に再任される。
1994年( 〃 6)64歳 文化財保護振興財団理事長となる。
1995年( 〃 7)65歳 南京城壁保存修復協力事業日本委員会が設立され、会長に就任する。
「平山郁夫展―南京・中国を描く」を開催。(日本中国友好協会全国本部主催。)
1996年( 〃 8)66歳 日本育英会会長に就任する。日本美術院理事長に就任する。
1997年( 〃 9)67歳 故郷の広島県豊田郡瀬戸田町に平山郁夫美術館が開館。
1998年( 〃 10)68歳 滋賀県守山市に佐川美術館が開館。同館にて開館記念特別展「平山郁夫・佐藤忠良の世界」を開催。
2001年( 〃 13)71歳 東京藝術大学第8代学長に再任。
2009年( 〃 21)79歳 12月2日、79歳で永眠。