展覧会

吉左衞門X WOLS
開催中 更新

2018年10月06日(土)~2019年03月31日(日)

ヴォルス作品+樂吉左衞門・茶碗

 

第9 回目となる吉左衞門Xは、音楽と詩に親しみ、独自の世界観を描いた芸術家ヴォルスとのコラボレーション展です。細いひっかき傷のような線の集合と、どこか内臓的な不定形の抽象を描いたヴォルスの作品は、孤独で傷ついた魂の叫びのようです。

 

顔(カミーユ・ブリアン著『鯨の街』の挿画より) ヴォルス1946/62年

 

ヴォルス(本名:アルフレート=オットー=ヴォルフガング・シュルツ)は、1913年ベルリンに生まれ、主にフランスで活動しました。幼少期より、音楽、絵画、写真、詩に親しみ、第二次大戦後の主要な美術運動のひとつ「アンフォルメル」の中心的画家のひとりとみなされています。抽象表現主義の先駆者とも言われますが、特定の画派や芸術運動のグループに属することなく、放浪のうちに38歳の短い人生を終えました。

 

細い線で細かく描き込まれたヴォルスの絵は、都市風景、港、船などの光景の痕跡を残したものと、完全な抽象に近づいたものがありますが、その両方とも、作者の心象風景を可視化したかのような何とも名づけがたいイメージに満ちています。ヴォルスの絵は、まさに現代という時代を生きる我々の個的な存在そのものの叫びのようです。戦後の混乱期、サルトルなどの実存主義の作家とも交流を深めたヴォルスは、古代中国の思想「老子」にも深い関心を寄せています。深く自己自身を見つめた孤独な魂に、同じ時代の人間として、吉左衞門は深く共感し、自身の心と重なるところがあると感じているようです。

 

樂吉左衞門とWOLSとの出会いは十数年ほど前、吉左衞門の親しい知人の所有される油絵の小品と銅版画に出合ったときに遡ります。その後その銅版画の数枚を所有する事になった吉左衞門は、その中に見られる切迫した緊張感や刺々しいまでの鮮烈な表象、同時にその奥に感じられるナイーブな人間性等に惹きつけられていきました。おそらく吉左衞門はヴォルスとの出会い当初から、自身とヴォルスの作品世界に対して単なる鑑賞者ではなく、より身近で近親的な共感、重なり合う世界観をいだいていたに違いありません。

 

吉左衞門とヴォルスとの共有性は、例えば茶碗でありながら茶碗という形象を超えようとする試みを吉左衞門が恒に引きずっていることでも確認できます。今回、吉左衞門が本展の為に制作した「白土焼貫茶碗」には、ヴォルスの表現に最も近い共通性が見られ、特に鋭く切りつけたような線状痕は、ヴォルスの銅版画の鋭い線に共通します。また、白い土の表面を薄く流れ漂うようにひかれたコバルトのブルーや銅の赤、クロムの緑など絵画的手法は、ヴォルスの水彩画との共通性を見出すことができます。吉左衞門の中でヴォルスへの接近がもはや「茶碗」という枠組みを超え、展覧会へ向けての緊張感と充足感が高まっていることを物語っています。

 

白土焼貫茶碗 樂吉左衞門2018年

 

これまでにも吉左衞門の焼貫茶碗は「表現」と「用としての茶碗」のあり方が、つねにせめぎ合って吉左衞門の茶碗世界を築いてきました。しかし今回は明らかに「表現」の自由性に優位を与え、あえて「用としての茶碗」を超えて作品を存在させており、これはまさに「茶碗というオブジェ」であることを作家自身も自覚した作品と言えます。

 

また、2000年初めに制作した、いわば旧作の焼貫黒樂茶碗は、まだヴォルス作品との密な出会いに発展する以前のものですが、その絵画的表現、また茶碗に残された鋭い線上痕など、ヴォルスと出会う前に、既に吉左衞門の中にヴォルスとの本来的共通性があったことが伺われ興味深いものがあります。

 

焼貫黒樂茶碗 樂吉左衞門2001年

 

 

本展は、吉左衞門が制作した樂茶碗とヴォルス作品を展観することにより、二者に通じる深い精神性にふれようとする試みです。