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展覧会

吉左衞門X 齋藤隆×十五代吉左衞門・樂直入
開催中

2020年09月05日(土)~2021年03月21日(日)

11回となる吉左衞門Xは、東北の山村に暮らしながら、黒一色で奇怪な人物の像や、朽ちゆくモノを描いてきた画家・齋藤隆とのコラボレーション展を開催しています。人間の最も深い本質を見つめ続けている齋藤の生き方に共感するという樂直入。本展は、直入が本展覧会のために制作した新作樂茶碗と齋藤隆作品を展観することにより、二者に通じる深い精神性にふれようとする試みです。


グリューネヴァルト*や中国の宋元画に魅せられて画家を志した齋藤隆(1943年、東京に生まれる)は、ほぼ独学で絵を学びました。1963年読売アンデパンダン展に出品。以後、個展を中心に作品を精力的に発表し続けています。1988年福島県立美術館での展覧会以降は、各地の美術館において展覧会が開催されています。

齋藤隆《西へ》1991年 250×655cm 宮城県美術館蔵
直入は、齋藤とであった時のことを次のように語っています。「齋藤隆とであったのは1990年「横の会」であった。本人ではなくまず作品とであった。《とぶよ》と題された作品は真っ白い時空を山姥の様な人間が空を飛んでいた。顔と手と足は一本の細い皺も見逃さない克明な描写で、人物は地を吐き空を切り裂いていたが、身体の部分はすり合わせ消え始めている。それがなおさら存在の凄みと時空の飛翔を際立たせて、私は呆然とその前に立ち尽くした。この世の存在ではないもの、まさに山姥や邪鬼、末は幽霊など、奇怪な絵画の系譜は古くから山ほどあるが、そうした寓意に犯されず、現実と異次元を瞬時に飛翔するこの山姥のような人物は全く別の次元に属している。見たことがない画面。私はまさに打ちのめされた。(中略)

齋藤隆《とぶよ》1990年 203×268cm いわき市立美術館蔵


私はその画面の前でまさしく「懼(おそ)れ」畏(おそ)れ」、全身の震えが止まらなかった。真っ白の大画面中に「白日の山姥」が飛翔している。山姥が時の壁を切り裂き、白い空間を軽々飛び越えるのはまさに瞬きの一瞬のこと。仮にこの人物像を「山姥」と私は名付けているが、得体の知れない理性を超越した世のものではない黒い存在の飛翔に、言葉を失い私はまさに釘付けになり取り憑かれた。「山姥」、それら異形の形象は所詮理性が作り出したもの、それがどれほどに恐ろしい形相で描かれていても、その恐れの正体はたかが知れた理性圏内の所産であるが、私の目の前に在る「白日の山姥」は、意味する形象を超えて一瞬にして真っ白の空間を飛揚すること、あるいは開示された「時の裂け目」を開くようなもので、静寂のなかの一瞬炸裂する音のようでもあり、空間を鋭利な刃物で一瞬切り裂いたようにもあり、そこから何者かが出現する。あらゆる言葉と寓意をいくら連ねようが、もはや言葉が追いつけぬその形象。とはいうものの、その細密な描写は、人間そのものを凝視し続けたことにより始まっている事は確かなことであるが、さりとて人間の本性を描いたなどと口先軽く言葉になぞできはしない。人間そのものを凝視することに因って具体的な人間を超越してゆくことが、すでに始まっていることは、あらゆる肉体の部分が消え始めていることでも、感じ取ることができる。」(展覧会図録『吉左衞門X 齋藤隆×十五代吉左衞門・樂直入』離騒より抜粋)

樂直入《焼貫黒樂茶碗 銘 裂》2019年
本展のために、直入が制作した新作茶碗からは、以前の焼貫茶碗にみられた強い赤、藍、緑など原色に近い多彩な色は姿を消し、モノトーンへと変遷しています。土は薬師寺東塔の基壇土、もしくは聚楽土。釉薬は黒樂の黒釉・加茂川石、ナミビア土、石灰石、銅、黄土など。石化した茶碗は、まさに「巌石(がんせき)茶碗」。新たな直入の表現がうかがえます。

* マティアス・グリューネヴァルト

16世紀に活動したドイツ・ルネサンスを代表する画家。ドイツ絵画史上最も重要な作品の1つであり、後期ゴシックの精神を代表する《イーゼンハイム祭壇画》の作者。形態と色彩の表現主義的な描写の力によって、信仰の内面的精神性を表出したと称されている。


※ 本展は、下記の日程で一部展示替えを行います

前期展示:9月5日(土)-12月20日(日)

後期展示:12月22日(火)-2021年3月21日(日)